試練

「女性の肌を見て神通力を失った仙人奇談」という話がある(参照ページ)。また、仏教の説話にも長期間山にこもって修行している高名な僧に相談(説得?)するにあたり、その使者に美女を送ったところ修行をやめて下山してしまったという話もある。これは記憶が曖昧なので内容がちょっと違ったかもしれない。

上記の2例は誘惑や刺激のまったくない環境での修行は簡単であまり意味がなく、社会の中で実生活を営みつつ修行することに意味があることを説いている(たぶん)。似たような例に、海に住む人が「山のものを食べません」と誓い、山に住む人が「海のものを決して食しません」という、たやすく達成できる誓いというものもある。

なぜいきなりこのような説話を引っ張り出したか。

仕事で週末にミーティングがあり、会議室で複数人がテーブルを囲み広げた資料やPCを見てああだこうだいうシーンがあった。特段珍しくもなんともない普段のありきたりな場面である。皆で立ち上がって資料を覆うように白熱議論していた。ふと、顔を上げると私の前にいて前かがみで資料を見つめる若く美人な同僚の胸元がダラリと開き、白く丸い2つの膨らみが丸見えだったのである。彼女はスラリとした細身で綺麗なのだが、意外にも大きい膨らみに驚くとともに速攻で目をそらし、資料を別な場所から取る振りをしてさりげなく場所を移った。見てはならぬものを見てしまったという罪悪感と、胸元が広いのを着てくるなよ、という怒りのアンビバレントな思いに気持ちをかき乱され、その後のは何を発言したかあまり覚えていない。支離滅裂だったような気がする。ただブラが黒だったのは鮮明に記憶に残っている。服が黒かったので透けないようにの配慮だろう。透けないが上部から丸見えである。絶対丸見えなのは本人はわかっているはずだ。

そんな記憶を消し去ろうと帰りの電車に乗る前に一杯引っ掛けて(4、5杯だが)気持ちよく酔い、気分よく颯爽と靴音を響かせてエスカレータを登っていた時、目の前の女性が何かを落としたようでまえかがみになり、こちらはおっとっとと止まるとタイトなビジネススーツのスカートの形のよい尻からのびる美脚が眼前に現れた。避けようにも左は立ち止まってきちんとエスカレーターに乗っている人もいるし、後ろにも人もいた。短いしタイトすぎるので会社で注意されないのか?あんな尻を突き出して取らなくても、普通に屈めばとれるじゃないか、とここでも腹立たしい気持ちが湧いてきた。ただこの時は酩酊感で謎の余裕があり、今の自分は正義じじいのようだな、と思い内心で笑う余裕はあった。

が、その日に続けて起こったこの出来事はいまだに鮮明に記憶に残り、心をかき乱し続けている。できれば忘れたいが忘れられない。勝手に反芻する。普通の人にとってはラッキーということだけですぐ忘れるだろう。しかし自分は欲求が生じてそれを簡単に解消することを手放したのである。欲求が起きることはしかたがない。しかしそれを脳にダメージを与えてしまう安易な手段(ネットポルノ)で解消しようとすることをやめたのである。鮮明な記憶をたよりに自家発電という手もあるかもしれないが、記憶だけでは刺激が足りなくなりエスカレートするのは火を見るより明らかである。

この状況を例えるならアル中が断酒しているのにふと焼き鳥やの前を通ってしまいその匂いが鼻腔から、ここちよい喧騒が耳から入ってきてしまったようなものだろうか。

ずっと考えてしまっているので気分を変えて忘れようとAmazonPrimeで戦争映画を続けて2本見たが見終わったとたんに思い出してしまった次第である。

苦難の道は続く。

戸惑い

風俗で欲求不満を解消してから1週間ほど経過しても渇望は生じない、と言いたいところだが生理的な現象として欲求が高まって来ている。

その一方で断ネットポルノの効果を実感しているのも事実である。疲れにくく、不安や落ち込みに襲われても(消失することはない)そこからの立ち直りが早くなってきたのは思い込みやプラシーボ効果ではないことを本当に感じる。

欲求が高まっているのだな、と客観的に感じたのが性行為を夢に見たことにある。かなりリアルな夢であった。覚醒時は始終そのことばかり考えているわけではないものの、セクシーな女性をリアルで見てしまって、それを脳内で反芻したりしていることに気がつく。夏の薄着や体型がわかる衣服は見たくてたまらなくなってしまうので見たくない。と、いうか目に入れたくない。情動を刺激してしまうから。最近は自分の反応に慣れたため、対応としてそのような人を目の隅で認識したら絶対に目を向けないようにしている。けなげというか、欲求を抑えることに必死な中学生ばりの反応である。

話はちょっと逸れるが、胸の大きい女性は男性から相当見られていて本人も見られていることを気がついているというのをネットで読んだ。ネットがソースなのでエビデンスはないものの本当のような気がする。ただ、露出が多かったり、胸が大きかったりする人には異性はもちろん、同性からも見られているという。性的な興味だけではなく嫉妬心からも見てしまうものなのか。嫉妬心というと言葉が悪いな、羨ましいという気持ちか。羨望だな。背の高い人を見て「背が高くていいなぁ」と思う気持ちと一緒かもしれない。

ネットポルノへの欲求が高まると、自分はいったい何を目指して我慢しているのだろう、と思うことがある。楽しみがなくなった感は依然としてある。まあこれが典型的な中毒症状であり、堪えどころなのでなんとか気がまぎれるように努力している。

こんな奴、修行中のお坊さん以外に実在しているのだろうか?と疑問に思いつつもすました顔で日々を過ごしている。

消失

渇きによる四六時中の妄想はこれまでの中毒による影響なのは明白である。

先のブログでも書いたが、これまでは脳にダメージを与えつつ、ネットで解消してきた。その解消の手段をやめたので解消のしようがない。宙ぶらりんである。

目的は脳のダメージを回復することにある。決して性欲を消滅させることではない。

「インターネットポルノ中毒」によると、妄想による自慰もエロコンテンツ閲覧と同じ脳の活動を示すため、代替手段としては意味がないといえる。

じゃあどうすればよいか。頭をよぎる妄想を断ち切りたい。解放されたい。瞑想も効果があり時々行なっているものの、効果が現れるには相当な期間を要し、根気が必要になる。

いっそのことリアル女性と対戦しようか、と思い立った次第である。

ただ今日日、コロナや性病の蔓延で無邪気に参戦も憚れる。

とあるファッションヘルスへ医療用マスク、防護力最強のコンドームを持参して臨んだ。助平だが妙なところで潔癖だし基本ビビリなのである。

サイト閲覧で嬢をアレコレ詮索するのも元の木阿弥であるから、飛び込みで行っておまかせで頼んだ。

結論からいうと、欲求からは解放された。ネットのエロなど(あくまでも現時点では)どうでもよい。これを書いている時点で24時間以上経過しているので、これまでの経験からただの賢者モードではない。賢者モードはこれほど長く続かない。ただ誤解を招かないように一応記すが、夢のような体験をしたわけでもないことは断っておく。嬢のレベルやサービスは有識者からするととても物足りないものであろう。淡々としたビジネスモードの進行であった。

エロコンテンツへの欲求消失の理由を考えてみる。

従来の解消方法は、PCのスイッチを入れ、数秒後に膨大かつ高品質なエロになんのハードルもなくアクセスできた。これは先の本によると簡単にドーパミンを分泌、脳はさらに刺激を求めようとするのでいつまでたっても解消されない。一瞬解消したところですぐにまた求めるようになる。中毒だから。

一方でリアルで解消した今回の方法は、アクセスするまでに身なりを整え現地へ向かう手間、高額な費用、入店の恥ずかしさ、地雷嬢のリスク、病気のリスクを越えてやっと目的を達することができる。目的を達してはいおしまいという簡単なものではなく、残りの時間のトーク、帰りの手間、そういったプロセスを経てやっと終了となる。目的がエロなので、PC立ち上げてエロコンテンツにアクセスすることと良識あるお方は一緒のように思えるかもしれない。しかしこれは似て非なるものだと改めて実感した。自分で実感したから人からどう思われようと構わない。

獲得にはそれなりの努力(おおげさ‥)が必要になるので、得られた満足感が大きい(運もある)のではないか。これがさらに高度になると、女性を誘って口説いて最後まで、という最高難易度の行為になり、失敗の可能性の方が高く成功したらさらに達成感は大きいだろう。そこまでは求めないし、こちらで生じるリスクは風俗店を利用することとは比べ物にならない別の意味での問題が発生する可能性がある。ハイリスクハイリターンといえる。

簡単に手に入れたものの価値は低く感じ、大変な思いをして得たものの価値は高く感じるということを実感した次第だ。

時間が経過し、今回の行動に対して渇望が生じたところで行く時間も金もないのでお手軽に繰り返し繰り返しアクセスするということは物理的に無理なのも良い点であるといえよう。ただこれも脳がぶっ壊れると生活が破綻するまでのめり込む可能性があることも一応頭に入れておく必要があるだろう。酒を嗜むのと、体がぶっ壊れるまで飲み続けてしまうことと同じことと思う。

アルコール中毒者は断酒するほかなく、酒を嗜むレベルに落ち着かせることは不可能ということと同様、ネットポルノ中毒も嗜むレベルというのはありえないといえよう。断ネットポルノである。

ただ性への欲望はあるので、それをネットポルノ中毒とは別の次元と捉え、押さえつけるのではなく、どうコントロールしていくか、を課題としたい。また、中毒から脱し、自分のポテンシャルを十分発揮できるように脳のメンテをしていこうと思う。その過程や状況をこのブログで記していこうと思う。

 

渇き

気力が充実していたり、疲れにくくなったり、不安や落ち込みなど気分の激しい変動がなくなる利点の一方、これまでに習慣にしていたネットサーフィンに対する欲望はなくなることなく四六時中つきまとわれている。

断ったことで気がついたのがネットの世界にはエロが溢れているということだ。普段であれば気がつかない写真や表現に敏感に気がつく。

ニュースサイトにおいても広告や芸能人のグラビアなど、露出が多いものが目につく。飢えているから余計に目につくということもあるだろう。

またYouTubeTwitterは絶対にダメだ。アルゴリズムでおすすめしてくるのはもちろん、ログインしていない状態で開いてもエロなサムネが出てくる。

こりゃネット全体をキッズモードでの閲覧にでもしておかないと、いやが上でも目に入ってしまう。先日はそれがトリガーになってしまい、これまで同様とはいかなくても微妙なエロコンテンツを開いて見入ってしまっていた。

別にこのことで失敗したとは思わないようにしたいが、残念な気持ちにはなった。

また、何の抵抗もなくそういう流れで長時間の閲覧になってしまうのは快楽へと向かう脳の回路がしっかりと出来上がってしまっているのだろう。

本ブログではその脳の快楽回路を変えることを目標としている。「インターネットポルノ中毒」に上がっている行動や症状が自分のそれとほとんど同じであったことがきっかけにある。

中毒であることの証左が、止めたことでそのことばかりが頭を占めるという点にあり、今現在それが負担になっていなといえば嘘になる。

ネットから離れたり、スマホを手放したりするのがいいがその方法は現代で普通に生活を送る上では現実的ではない。

また、ネットのみならず現実でも露出のおおめの人に目がいってしまい困っている。夏はこれがあるから嫌いだ。

禁煙のときにはずっとタバコのことを考えているのが嫌で結局戻ってしまった。しかしこれは戻った時に過去の状態になることが本当に嫌だ。フィジカルにしろメンタルにしろこれまでの状態を脱したい、その一心なのだ。

このブログの骨子にある本では、私の目標とする良い状態はもちろん、パートナーとの関係が改善されたという記述が頻繁にでてくる。

問題はここである。関係を改善するも何も、良好な性的関係を結びたいパートナーがいないので改善しようもない(具体的な内容はやや込み入った話になるので割愛する)。

つまり先の投稿でも書いた状態、修行僧である。なんのために?別に異性に対する関心を抱くのが悪なので消滅させる、ということではない。

これまではネットで解消してきた。脳へダメージを与えながら。

じゃあ、どうするか。

ここで荒療治に出たのである(もちろん違法行為ではない)。それは次回以降に記す。

 

再発

アルコール依存症で治療中にもかかわらず、ふとしたきっかけで再飲酒してしまう原因にストレスがあるという。これまで連続飲酒していたのでやめたこと自体がストレスになるため、ストレスをかけない生活を心がけるというのはかなり困難だろう。

一方でインターネットポルノ中毒は別にこれまでの習慣であったポルノのネットサーフィンをやめるということで、体が何かの摂取を求めるわけでもないので比較的簡単といえる。また、タバコや酒と違い、ずっとそのことが頭から離れられないというわけでもなく、別のことに集中していたらすっかり忘れているということも多い。

ただこの「別のことに集中」していない時、目的もなくぼーっとネットを見続けている時などは危険である。自分の場合、ぼーっとYouTubeを見続けていることが多いが、このジャンルが風俗であったりする。YouTubeなので際どいものはないが、世界や国内いろんなところを訪問するチャンネルを見て旅行気分を味わっているので、さほど危険はないと思う。それよりもむしろ、普通のチャンネルやショート動画でお色気的なものが結構多いことに気がつく。これまで気にしておらず、少し見て普通にスルーしていたのだが、ポルノ断ちをし始めるとかなり多く感じられる。もちろん目を背けて飛ばしている。YouTubeもそうだし、SNSもだ。エロが溢れていることに改めて驚くとともに、排除がいかに難しいかを実感する。全てキッズ設定でアクセスすればよいのだろうか。

アル中や禁煙の体の変化ほど劇的ではないが、脱ネットポルノの体の影響、現在3週間ほどの状況を述べたいと思う。

まず、イライラや怒りの感情が起こることが少なくなった。これは「インターネットポルノ中毒」の本にも解説があるように、怒りなどの感情を司る脳の場所と、性衝動を司る場所が同じなのだそうだ。ざっくりなので詳しくは本を読んでほしい。ネットで性衝動を過剰に刺激し続ける状態は感情を無理やり刺激していることと同様とのことだ。確かにこれまでは些細なことで激昂したり、落ち込んだりすることが多かったように思える。今思うと最近そんなことがないな、と感じる。

また、異様な倦怠感や思考にモヤがかかっている状態も少なくなった。これも上記の理由によるものだと思う。脳への過剰な刺激が疲労感につながっていたのではないか。

このように書くと、いいことばっかりじゃないかと思うがいいことばかりではない。もちろん、離脱症状もある。

10日ほど断った際に、がまんできなくなって再び自分のお宝を見返したことがあった。きっかけは以下に記す。それで満足したかといえば、連続記録が途絶えた残念な感情だけだった。

あとタバコほどではないが楽しみがなくなった感を時々感じる。お宝探しが楽しみでもあったのだ。カネもかからず何の害もない楽しみと思っていたが脳にダメージがあると知ってからはそこまで犠牲にしてする価値はないと強く思う。

体の変化については上記の本に書かれている体験者の証言と同じ現象が起きていて笑ってしまった。性欲の減退、性器の存在感のなさである。今後は性欲に振り回されずに解放されて楽になったと思って喜んでいたら、揺り戻しがきた。

本には、体験者の声が多く収録されている。先に書いた体の変化はどちらかというとポジティブな感想ではなく、体験者の心配事として書かれている。しかし大抵は脱ネットポルノでそういった過程を経た後パートナーとの関係がしっかり築けるようになった、という喜びの声が多く書かれている。

これが鬼門である。私の場合は理由を詳しくは書かないが、本当のパートナーと充実した性行為する機会はゼロだ。ネットポルノ断ちをして性行為もゼロとなると、ただの修行、修行僧かよ、と思う。終わりのない修行‥。

そう考え、いっちょ風俗へ行ってみようかと風俗サイトを延々を見続けていて再発につながったのだ。幸か不幸か感染症が怖くて実際には風俗には行っていない。妙なところでビビりなのだ。ネットに上がった嬢の画像を見まくっていた。過剰摂取である。これは再発でなくてなんであろう。ついついハードルが下がり、先に書いた通りお宝へとスムーズに移行してしまったのだ。

もうそういうことは考えずにいようとすると考えてしまう。ネットポルノ断ちしている現在、おかずなしに一人でするというのはただ単に体の快楽を求めるためでカユイ背中をかいて気持ちいいと感じることと同様ではないか。非常に虚しい。

これも負の現象かもしれないが、自分の見た目、服装などに気を使わなくなったような気がする。どうでもよくなった。おしゃれに気を使うというのは性欲と関連した何かがあるのかもしれない。枯れてきているのか欲しているのか自分でもわからなくなってきた。

離脱と再発

タバコも酒もギャンブルも一通り大人になって初めて許されることは一通り経験してきた。もちろん、大人になってから。

酒は体質的にビール350㎖1本でべろんべろんになるので依存に至ることはないだろうが(ただし依存は量に関係ないという説もある)、タバコとギャンブルはちょっとしゃれにならない目にあったことがある。

ギャンブルはパチンコでまあ弊害というとカネのこととわかりきっているので縷々述べない。タバコは何なんだよ、と思われるかもしれない。それは失火とかではなく、健康を害したのである。ただ現在も電子タバコを吸っているので肺がんとか不可逆的に健康を損ねたのではない。私の場合は皮膚に症状が現れた。これは現時点でネットにも同じ症状が一切上がっていないので体質によるものだと思う。某電子タバコをリリース当初から愛用していた。それで金属アレルギーを発症してしまったのだ。これでどこのメーカーかは電子タバコの喫煙者ならお分かりと思う。あえて書かない。発症や治療、回復の経緯を書き出すと別にブログを立ち上げられるレベルの壮大なストーリーになるものの、面倒臭いので簡単に書く。

手のひらや足の裏に金属アレルギーとまったく同一の症状が出て半年以上苦しんだ。症状をネットで読むと回復まで半年はかなり短い方らしい。数年要するのもザラということだった。現在では完治ではないものの、ほぼ回復と言っていいと思う。

なぜそのことに言及したのかと言うと、治療の一環でタバコを断ったときの離脱症状を述べたかったのだ。

紙巻から通算しておよそ数十年吸ってきたタバコをやめて、どのようになったのか。フィジカルな面でいうと太った。10キロほどふとった。もちろん、皮膚病も劇的によくなった。メンタルな面で言うと、ず〜〜〜〜〜っとタバコが吸いたいと思っていた。ず〜〜〜〜〜〜〜っとである。なのでず〜〜〜〜〜〜っとガムを噛んでいた。ガムを噛みつつもたばこが吸いたいと思っていた。

朝起きた時、朝食を食べ終わった時、仕事を終えたとき、寝る前、「ああ、ここでタバコが吸えたら‥」とばかり考えていた。人生のウェイトを占める大きい楽しみを奪われた気分になった。禁煙について書かれたハックの一つに、たばこを求める気持ちは●分続くので(何分かは忘れた)その●分を我慢すれば乗り越えられ、その繰り返しである。というものがある。あれはウソである。睡眠時間は別にして(睡眠中もタバコを吸った夢を見たが)覚醒中はずっとたばこを求める気持ちでいっぱいだった。

もうこりゃいかん、他に考えることがいっぱいあるのにやってられないや、と諦め、別の電子タバコで再開した次第である。幸か不幸か皮膚病については再発していない。

上記のように、思考を完全に乗っ取られる様子は中毒者の典型的な離脱症状で、脳の神経回路がたばこありきの仕組みになってしまっているためである。中毒や依存症の本にはもれなく書いてあることだ。

インターネットポルノ中毒も同様、中毒の名を冠しているは伊達ではなく似たような過程を現在進行形で突き進んでる。その渦中にいる張本人であっても感心してしまう次第だ。ひとごとのように感心している場合ではない。

禁煙時と似た様相を呈したインターネットポルノ中毒の離脱症状と再発については次回述べる。

依存

依存(いぞん、いそん、dependence)とは、身体的依存を伴うもしくは伴わない、薬物や化学物質の反復的使用である[8]行動的依存身体的依存心理的依存は物質関連障害の特徴である[8]

ウィキから。依存にもアルコール、薬物などや過食、ギャンブル、ソシャゲなどさまざまで、その原因や弊害、実体験についてはネットや書籍にいくらでもあるのでここでふれるまでもない。最近の書籍では精神科医のアンナ・レンブケ著「ドーパミン中毒」(新潮新書)が非常に面白かった。依存症を専門にする医者で、ドーパミンを軸に依存症を解説する。

また、カジノにハマらせるために業界が行なっているあらゆる仕掛けを事細かに描いた「デザインされたギャンブル依存症」もよかった。これはだいぶ前に読んだのでほとんど忘れてしまったが、つい最近ネットで、失禁しながらもカジノのスロットを平然と続けている若い女性の映像が上がっていて上記の本を思い出した次第である。そのまま何事もなくスロットを続けるその女性は没頭してトイレに行く間も惜しいのだ。

「インターネットポルノ中毒」と共通していて、デジタルによるたえまない刺激が、さらに強い刺激を渇望するように脳の構造を変えてしまう。

中毒といえばアル中は結果的に体がぶっ壊れる。薬物もしかり。ギャンブルは金が際限なく必要になるため身をもち崩す。一方でネットポルノによる中毒はその弊害がわかりやすい形で表出しないのが厄介な点だと思う。

いまのところネットポルノやSNSの中毒で廃人になった、という例は聞いたことがない(違法行為で逮捕はあるが)。しかし「インターネットポルノ中毒」によると、研究も進んでいて脳の構造の変化などが計測されているようだ。また、EDなどの体の症状も多く上がっているという。

私の場合はEDはもちろん、いくら休息をとっても体の疲れがとれない、脳に常にもやがかかっているような感覚、記憶力の低下、不安感などにずっと悩まされてきた。これがネットポルノ中毒によるものではないかと疑いだしたのがほんの数ヶ月まえのことで、その仮説をもとにネットポルノを断ってからはゆっくりとではあるが改善しつつあるのを実感している。

ただし、言うほど簡単ではない。依存症というものは離脱症状がつきものだ。その離脱症状についても次回以降述べていきたいと思う。